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名古屋高等裁判所金沢支部 昭和34年(く)6号 決定

少年 G(昭一五・七・五生)

主文

原決定を取消す。

本件を福井家庭裁判所に差し戻す。

理由

本件抗告理由の要旨は、「少年は、昭和三十四年四月七日実父Aの金員を持ち出した以外に過誤を犯さず、これとて悔悟しているものなるところ、原決定は、右事実を他人の財物を窃取した場合と同一視して、処分の対象にした重大なる事実の誤認がある。また少年の両親は健在であるから、その膝下で保護監督するのが最も効果的で、両親も将来少年に非行のないように保護監督することを誓つており、少年院に送致するとかえつて少年の心理に悪影響を及ぼす虞れがあるので、原処分は著しく不当である。よつて原決定の取消を求める。」というにある。

よつて案ずるに、本件記録によれば、少年は、昭和三十三年十月初頃実兄B所有の洋服など持ち出し、同人に叱責されるや家出をし、同年十一月三日頃までの間外泊し、福井市内のバー、ダンスホール、キヤバレーなどで遊興に耽り、家庭に寄りつかなかつたもので、少年の性格、非行歴等に照し将来窃盗罪を犯す虞れあるものと認めるに足る。

しかしながら、右記録によつて認められる(一)少年の家庭は実父母、兄夫婦、妹三名及び少年の八名家族で、材木商を家業とし、その生活程度及び近隣の風評が悪くないこと、(二)少年は幼少の頃に頭部に重傷を負い知能の発育が遅れていたため、両親は少年を盲愛し、兄は事あるごとに少年を叱責するので、少年の性行は次第に悪化し、持ち出し、浪費、家出などの非行を重ねるに至つたものなるところ、最近では両親も強く反省して少年の保護監督に心を用いており、兄も近年結婚して一家の主導的地位につくようになつて従来の少年に対する態度を改め、妻とともに少年に愛情をもつて接するようになつたこと、(三)少年は知能が低く意志薄弱であること、(四)少年の交友関係及び家庭環境は特に悪くないこと、(五)少年の非行の殆んどは持ち出し、家出、遊興などで特に犯罪を重ねたものでなく、最近は幾らか落付きを見せ家業に励むようになつたこと、その他諸般の事情を考慮すると、少年を特別少年院に収容して矯正教育を加えるよりも、保護観察に付したうえ、家庭において父母等の真実な慈愛により監督訓育させるほうが、少年のため最も適切な処分であると認められる。結局原決定の処分は著しく不当であると認められるから本件抗告はその理由がある。よつて少年法第三十三条第二項に則り、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 山田義盛 裁判官 辻三雄 裁判官 干場義秋)

別紙一(原審の保護処分決定)

主文

少年を特別少年院に送致する。

理由

(審判に付すべき事由)

少年は、昭和三三年一〇月初ごろ、実兄B所有の洋服などを無断で持ち出したため、同人から叱責されるに及んで家出し、同年一一月三日ごろまでの間福井県○○郡○○町内の知人宅に寝泊りをして福井市内のバー、ダンスホール、キャバレーなどで遊興に耽り、正当の理由がなく家庭に寄り附かなかつたものであり、後記の少年の性格に照して将来窃盗罪を犯す虞がある。

(少年の性格について)

少年は、意志薄弱性性格であり、勤労意欲に乏しく、これに反し遊興については「無断で材木商を営む父A及び兄B各所有の材木などを持ち出して換金し、又は直接父の現金を持ち出し」、「家出し」「それを遊興に浪費する」という同種の行動を執拗に繰り返す性癖が認められ、その盗癖及び家出癖は常習化しており、また親族相盗との事由から罪悪感情が稀薄であり、更正への意力は全く見受けられない。

そこで右性格の形成過程について考察してみると、少年は六才ごろ石の上に転倒して頭部に重傷を負つた直後から両親に溺愛されて放縦な生活を過るようになり、小学校へ入学後知能が低かつたため同級生らから軽蔑されて孤独勝ちとなり、一〇才ごろから度々無断で家人の現金を一〇〇円ないし五〇〇円ずつ持ち出して間食し、又は近所の少年に菓子をおごるなどして仲間入りをし、中学校へ進学後も同様な振舞いを繰り返した外、毎月菓子類を七〇〇円位掛買いして両親にその代金を支払わせていたが、ついに運動用具の支払代金その他小遣銭に窮し、昭和二八年五月ごろ及び昭和三〇年六月中旬ごろ、他人所有の現金合計二二〇〇円を窃取し、当裁判所に窃盗保護事件(昭和三〇年少第八八六号)として係属し、当裁判所は昭和三〇年一二月二三日少年を両親の監督指導に委ねて不処分決定に付した。少年は昭和三一年三月中学校を卒業後、福井市内の特飲店へ遊びに行つたり、パチンコ、競輪などの賭事に熱狂したり、或は同市内の不良徒輩と交わつたりなどしていたので多額の遊興費が入用となり、これを捻出するため同年八月ごろ及び同年一一月一六日前後二回にわたり、父所有の材木(価額約一八万円相当)を無断で持ち出し、これが当裁判所に虞犯保護事件(昭和三一年少第一二五八号)として係属し、当裁判所は少年が大阪府○○市天理教○○町分教会で信仰生活に入つたので、改悛の情があると認めて、昭和三二年一月七日これを不開始処分に付したが、少年は昭和三二年八月ごろから昭和三三年一〇月三〇日までの間に前後四回にわたり、父及び兄各所有の材木など(価額約二七〇〇円相当)を右同様に持ち出し、この事件に関連して本件が当裁判所に送致されるに至つた。

そこで当裁判所は本件につき審判開始の上、昭和三三年一一月二七日少年を当裁判所調査官の観察に付したところ、三ヶ月の観察期間経過後最終の審判期日に指定されていた昭和三四年四月一日前に実母Mが少年に、その日ごろの行動につき訓戒したところ、少年はそのころこれを不満として自宅から米一斗を持ち出そうとして、右兄に発見されて強く叱責され、その後右期日に出頭せず、更に同年四月七日父の財布から現金一一〇〇〇円を持ち出し、大阪市内及び奈良市内で遊興に耽り、その後前記○○町○○○S方に身を寄せ、同年同月八日の延期された審判期日に出頭しなかつた。

かように少年は同種の行動を繰り返す耽溺性ないし習慣性を有しその内容も次第に悪化の一路をたどり、前記悪性格が一層顕著になつてきたものと認められる。

(法令の適用)

前記の少年の盗癖及び家出癖に照らし、少年を少年院に収容の上紀律ある生活のもとに、小学校及び中学校で必要とする教科及び職業の補導を授けて前記悪性格の矯正を計るのを相当と認め、少年法第三条第一項第三号ロ、第二四条第一項第三号、少年院法第二条を適用して主文のとおり決定する。(昭和三四年四月一四日 福井家庭裁判所裁判官 鹿山春男)

別紙二(差戻し後の保護処分決定)

主文

少年を福井保護観察所の保護観察に付する。

理由

一、非行事実

少年は昭和三三年一〇月始頃より原木仲買業を営む兄B夫婦と共に福井市内の旅館に寝泊りして同人の仕事の手伝に従事していたのであるが、映画、パチンコ等遊興の資に窮したところから

(イ) 、同年同月始頃肩書住居地自宅から兄B所有の洋服等を無断で持出、換金の上、その頃数日間に亘り福井市内を映画観覧、パチンコ等して遊び歩いて父兄の許に立戻らず

(ロ)、同年同月二四日頃兄Bに無断で同人が同市内材本商K方に寄託しておいた木材のうち約五坪を右Kより引取、換金の上、その頃数日間に亘り福井市内を前同様にして遊び歩いて父兄の許に立戻らず

(ハ)、同年同月三〇日頃前記Kより同人方に寄託中の兄B所有の木材のうち約八坪を引取、換金の上、その頃数日間に亘り福井市内を前同様にして遊び歩いて父兄の許に立戻らない。

等の所行を繰返したもので、保護者の正当な監督に服しない性癖があり、後記の性格に照し、将来罪を犯す虞があるものである。

少年法第三条第一項第三号イ該当。

二、要保護性

少年は魯鈍軽症級の精神薄弱者で、六才頃遊戯中に誤つて石の上に転落し頭部に重傷を負い医者通いを続けるようになつた頃から両親の盲目的な庇護を受けて我儘に成長し、小、中学校時代も学業、遊戯共に不振で学友達から低能扱いせられ、家庭でも同胞等から略々同様に遇せられて来たようであり、一方幼少時の間食癖がその儘昂じて一一、二才頃から最初、買喰等のため、次で中学校卒業後欲望や行動の範囲が拡がるにつれて、特飲店へ出入り、映画、パチンコ等遊興のための金品持出、家出徘徊を度々繰返し、本件非行も亦その例外でなく、少年の斯様な家財持出、家出、遊興等一連の行動は既に稍々習癖化しているものと考えられる。

そして少年の資質は、その知能は前記の通り魯鈍軽症級の精神薄弱であつて特に言語能力が劣り、性格上、意志薄弱の傾向が認められ、精神活動は不活溌で動作も鈍重で積極性を欠くが、一度味を覚えた遊びを繰返すといつた耽溺性乃至習慣性の如きものが認められる。

次で、少年の家庭は父母、兄B夫婦、妹三人及び少年の八人家族で、桐材商を営む父は昔堅気の律義者で善良な人柄であり、母は少年に対する愛情充分であるが、両親いずれも少年の資質の理解は勿論、その躾け、教育についての関心も充分でなく、斯様な家庭で在宅の儘たやすく前記の通り既に稍々習慣化した家財持出、家出、遊興等の虞犯行動の解消を期待し得べくもないけれども、本件後両親も少年の前記資質に対する認識が幾分改まり、右資質にふさわしい一貫した躾乃至教育への関心を高め、また昨年結婚以来一家の主宰者的地位に就くようになつた兄Bも少年に対する従前来の態度を改め、妻と共に愛情を以て少年に接するようになつて来たのみならず、少年本人もその後本件同様の家財持出、家出徘徊等の所行が全く跡を断つた訳ではないが最近では可成りの落付きを見せ兄Bと一緒に日々材木伐採の山仕事に励むようになつて来ており、少年の性格上にみられる前記耽溺性乃至習慣性も、これを利用して少年をよい方向に誘導していくことが必ずしも困難でないとも考え得られ、その他両親及び兄夫婦の少年保護の能力は兎も角、その意欲に欠けるところなく、一家の生活程度も中位で経済的余裕がない訳ではなく、両親等においても少年の所行により蒙る物質的損害は家庭で甘受する所存である等諸般の事情を考え合せると、いま直ちに少年に対し施設収容教育を加えるよりも、此の際、保護観察に付することにより専門家をして家庭の保護能力を補充させ、その指導と協力を得しめて在宅の儘で監護教育するよう試みるほうが、少年のためより適当と思料せられる。

よつて、少年法第二四条第一項第一号を適用して主文の通り決定する。(昭和三四年一〇月一日 福井家庭裁判所 裁判官 岡村利男)

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